―プロローグ―








冥王星、かつての太陽系第九惑星、そしていまや準惑星に成り下がった、小さな星、天文学者クライド・トンボーにより1930年に大きな間違いで始めて発見された。それは幸運だったのかは今や誰もわからない。それは冥王星にしかわからない。
 当初は冥王星は地球に匹敵する質量だと考えられていた。だが、観測がより精確になるに連れて冥王星の推定質量は度々下方修正されていく。それは地球と月の比較の0.2倍以下にまで下方修正された。
 冥王星の構成物質は岩石と氷が混じっていると思われており、表面はメタン、窒素、二酸化炭素の氷で覆われていると思われている。
 太陽から余りにも遠く、地球からも遠い、5時間もの時間をかけて太陽の光りが当るその星はいつまでも暗く暗闇に閉ざされている。それは正に『プルート』と呼ばれるに相応しかった。
 『プルート』ギリシャ神話で言われるところの『ハデス』、冥界の王だ。その名は当時11歳の少女が付けた名だった。その少女は当時どんな気持ちでこの名をつけたのだろうか、発見されたばかりのその星の名は『プルート』、たった11歳の少女が付けた名。
 だが今や僕たち人の考えた『惑星12個案』より、その星は惑星から蹴落とされた。そして『小惑星134340番』という番号が与えられてしまった。余りにも理不尽に、余りにも論理的に、当時11歳が名を付けた星は数字だけの星に成り下がったのだ。
 たった200分の1の計算違いの偶然という奇跡のその星はなんの意味のない星になってしまった。
 僕らにとってそれは大きな事柄だった。大きな事件だった。でも、星にとってそれはどうでも良かったのかもしれない。僕らが騒いでいただけで、当の本人にとってなんの変わりがあるというのだろうか、変わりなど、変化などあるはずがない。


「どうしたんですか?考え事でも?」
「あぁ、少し冥王星について考えてたんだ」
「冥王星ですか」
 彼女は少し考えるそぶりを見せた後、くったなく笑った。
「すいません、冥王星のことは余り知識がありません」
「いいよ、そんなこと、僕の考え事なんだから」
 僕らの間柄はそんな冥王星と太陽みたいに離れてるっていう話だからさ。
「それより、星も出てないのに冥王星の話するのも何だしね」
「そうですか」
「そう、朝からせっかく出てきたんだから」
 ただ今時刻午前11時半、少し過ぎ。たぶん彼女は時間ぴったりにこの場所に来たのだろう。冥王星について考えていたら、いつの間にか横にいたし。
「では、昴様、お手を」
「うん」
 そっと右手差し出す。直ぐに彼女はその手を握った。何の抵抗もなく躊躇なく彼女は僕の手を握るのだ。僕はそんな彼女の躊躇のないところが苦手だ。僕の指の間に彼女の細い指が入る。そして彼女は強く僕の手を握った。
僕は少し、ほんの少しだけその手を握り返した。 「フフ」
 それだけで、いつもの冷静で冷淡な彼女の顔が赤く紅潮し笑う。その時だけ彼女は余りにも幼く見えるのだ。たぶん僕の勘違いかもしれないけれど。
 今の僕には彼女は昔馴染みでしかない。少しの感慨が僕の内で少しくすぐる程度だ。
 これから始まるのは僕と彼女の心の幅が少しだけ縮まる話であり一人の吸血姫が生れるはずだった話だ。








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